三國正樹 『読書記録』

今までに読んだ本の記録です。

1Q84 BOOK1

著者: 村上春樹      発行所: 新潮社

読書年月:2017年10月

印象に残った言葉: 天吾は小松にとって多かれ少なかれ、自分の延長線上にあるような存在である。手足と同じだ。そこには自他の区別がない。だから自分が起きていれば、相手も起きているはずだという思い込みがある。

・・・ノーベル文学賞の候補者ということで毎年話題になっている著者。ある人の本で「描写がうまい作家」という評価を読んだことがあったので、初めて読んでみました。確かに上手だと思いましたが、短い時間の中で人間がはたしてそこまで物が見え、考えられるものだろうかという部分が多いと思います。まあ読み手次第でしょうが。

・・・相手が「自分の延長線上」だと思っているんだろうなあ、という感覚は経験があります。人付き合いというのはどちらかに主導権があってどちらかがそれに従うという構図から離れられないような気もしますが、確かに、向こうのいいように利用されているという感じを覚えたことはありました。だから最近は自分の時間を大切にするようにしています。

・・・この小説は大作で、4冊読まねばならないということで、少々迷っています。普段は論理的な文章を読むことばかりなので、人間の心理や情景描写の多い文章に慣れていないのです。現在、半分くらい読んだところですがひょっとするとここでやめてしまうかもしれません( ;∀;)

「社会調査」のウソ

著者: 谷岡一郎      発行所:文藝春秋

読書年:2001年

印象に残った言葉:  実はもう一つ、隠されたテクニックが存在する。それは最後(後半)の質問に向け、前段部でわざといくつかの問題点を設けておくもので、「キャリーオーバー効果(carryover effect)」と呼ばれているものである。回答者はその前のいくつかの問題に答えるうちにある種の先入観を学習し、その結果としてターゲットである最後の質問に影響を与えるものである。

・・・自分は騙されやすい性格だとはわかっているので、こういう本をたくさん読みました。

・・・最近のマスコミの情報。ときどき「あれっ?」と思うようなニュースを見ます。ただ、忙しさでそれを検証している暇もないので、いつかわかるだろう、くらいしか考えていません。

・・・この本の最後に「私に調査企画を指揮させてくれたら、どんな結果でも出して見せる」と書いてあり、なかなか面白い考え方だと思いました。序章では「世の中のいわゆる「社会調査」は過半数がゴミである」とも。この本で、様々な新聞等の記事を検証、その矛盾を指摘する内容はさすがと思わせるものがあり、こういう意見はいつも参考にしたいと思っています。

21世紀へのチェルニー

著者: 山本美芽      発行所: 株式会社ショパン

読書年: 2016年

印象に残った言葉: これまで日本のピアノ教育において、チェルニーは不可欠な存在で、必ず通らなければならない道のようなものだと考えられていた。しかし、海外の事例を見ると、専門か趣味かを問わず、エチュードによる徹底した指の訓練をしなくても、ショパンやリストは弾けるようになるものだ。

・・・昨年夏より「ピアノ上級技巧の学習方法」という論文を作成してきました。今年度の群馬大学紀要論文として発表の予定ですが、この本は非常に参考になった一冊です。

・・・上記記述の後に、「ソルフェージュの勉強」「幅広いレパートリ―の習得」「いい奏法の習得」が必要との指摘があります。納得できることだと思います。確かに音楽作品としてあまり面白みのないエチュードの練習に時間を費やすことがそれほど良いとは私も思いません。

・・・ただ、技巧とはどのような仕組みになっているかについて、一通りの基本は経験しておくべきだと考えます。たとえばアルベルティ低音が出てきたら指使いを考えなくても自然と指が動く、というように。

・・・初見試奏も必要ですね。楽譜を見てすぐに演奏できる能力。これも、ほぼすべてのピアノ演奏テクニックを経験しておけばできると思われるので(現代作品は例外かもしれませんが)、リストが行ったレヴェルとはいかなくても普段から練習を心掛けるべきかと思います。

・・・そんな訳で、現在私が色々な人にお勧めしているのはチェルニー「8小節の練習曲」などの効率的に書かれた練習曲です。

・・・そんな私でも、ときどき「チェルニー50番」をさらい直すこともあります。これは若いころにこのエチュードを習ったからという以外に理由はないので、やはりどういう指導を受けるかは重要と言わざるを得ません。

大宰相 田中角栄

著者:田原総一朗    発行所:講談社

読書年月:2017年9月

印象に残った言葉: 「裏日本」という言葉は、暗くて不便で貧しく日の当たらないという意味合いが強く、現在では差別用語とされているが、谷村によれば、中央集権体制によって日本海側が不当に「裏日本化」された、ということになる。現に、明治時代には日本海側の向上数は日本全体の一五パーセントを占めていたが、大正年間に一〇パーセントを切っているし、新潟は国産石油の七〇パーセントを算出していて、日本石油の本社も新潟にあったのだが、それも大正年間に東京に移った。

・・・副題は「―― ロッキード裁判は無罪だった」でした。ロッキード事件のころは高校生でした。東京の高校で学んでいた私は、友人たちが毎日のように政治の話をしているのに刺激を受けたことを記憶しています。田中氏のことについては、新聞報道等で知った以外のことはありませんでしたが、この本に書かれているような事実があったとは驚きました。検察というのも怖いものだと思います。

・・・お金の使い方に関していろいろ書いてありましたが、新潟県から群馬県に引越した私としては、いろいろな県民性の違いを感じることが多くあります。例えば新潟の人は使うお金の額をすぐ聞いてくること。関西でもそのような傾向があるとTVで見たこともありますが。それと節約している事実を強調する傾向。

・・・群馬県に転居して一番驚いたのは言葉遣いでした。何度も友達に笑われたものです。この転居は小2の時で、高校で東京へ(下宿は習志野市)、大学後半で東京都板橋区、その後埼玉県での生活が長かったのですが、再度群馬県に転居して10年が経過しました。結局どの地方の方言も忘れてしまったという状態です。

・・・この本は文庫本としては639頁の大作で、昭和時代の自民党政治についていろいろと理解することができた本でした。あのころの政治家たちのお蔭で新幹線や高速道路を利用でき、快適な生活を送っていることを実感しています。これからもこういう本を時々読みたいと思っています。

失われた志 対談集

著者:城山三郎      発行所:文藝春秋

読書年: 2013年

印象に残った言葉: そうそう、僕なんか自分の作品だけども、やはり日本のノンフィクション文学の一里塚になったと思うんだけれど、まぁ文壇からは、何の反応もないですね。だからそういう意味じゃ冷たいといえば冷たいね。だからさっきも言ったように、僕は読者に支えられてると思う。

・・・『鼠』について語っている部分です。私が最初に読んだ城山三郎の本が『鼠』でした。これは非常に面白い内容だったことを今でも覚えています。TVドラマにもなりましたね。

・・・無視するのではなく、悪いなら悪いでそれを取り上げて文壇の肥やしにしてくれれば、という言葉もありましたが、こういうことってどの業界でもありそうです。無視する、というある種のいじめと言えるでしょう。

・・・その時代の「空気」や流行、価値観の違いは変化するものなのでしょうが、本質に基づかない批判にさらされることもある。たとえば私はピアノ演奏を少年時代から続けてきましたが、高校生まで「体を動かさないで演奏するのはおかしい」と言われ続けていました。しかし、よく考えてほしい、ホロヴィッツルービンシュタイン、あるいはミケランジェリが身体を動かしながら演奏しているのかどうか。巨匠ならよくて、学習者なら批判されるというのは変です。現在でも演奏スタイルは同じですが、そのことについて批判を受けることはなくなりました。そして現代では身体を揺らして演奏する人はかなり少なくなったように思います。

・・・今後もノンフィクション関係の本は月に1冊ペースで読んで行こうと思っています。

森達也 青木理 の 反メディア論

著者: 森達也青木理      発行所:現代書館

読書年月:2017年9月

印象に残った言葉: 放送禁止歌は要するに“標識”です。日本のメディアは世界でもトップクラスの自由な環境を保証されているのに、自由な空間が怖くなってしまう。だから「ここから外は危険です」とか「これ以上は立ち入り禁止」などの標識が欲しくなる。エーリッヒ・フロム的な「自由からの逃走」ですね。

・・・『自由からの逃走』は10年ほど前に読みました。ある人から勧められて読んだ本ですが、第2次大戦中に書かれた本で、ナチズムの研究という内容でした。

・・・たしかに集団生活は人間にとって大事なことなのですが、自由に生きることのできる時間を放棄してまで全体に尽くすことにはいつも疑問を感じています。そして現代でも全体主義的な考え方はあると思います。戦争が起きたらどうなんだ、と言われそうですが、たとえ戦争でも、誰かの間違った考えに従うことで最終的に国のためにならないことをしてしまうということはあるでしょう。その時にどう行動するか? 難しい問題かもしれませんね。

・・・「Liberty=自由」と訳すことに疑問を持っていた明治時代の漢学者・藤沢南岳の話も思い出します。もし「道理」と訳すようになっていたら日本の文化は全然違った価値観のものになったと思います。所詮人間に自由などはあるはずもない、とも考えられます。しかし、だからこそ、「Liberty」の有難さを分からないと、生きていてもつまらないのではないでしょうか。

http://www.rikuryo.or.jp/magazine/no30/01.html

日本中枢の狂謀

著者:古賀茂明      発行所:講談社

読書年月:2017年8月

印象に残った言葉: しかし、官僚たちの頭の中では嘘をついたことにはなっていない。「汚染水が完全にブロックされている」といったら、それは嘘なのだが、安倍総理はそうはいっていない。「汚染水の『影響』は完全にブロック」といっている。そして「影響」という言葉の定義は行っていない。

・・・原発事故の汚染水については、現在になっていろいろと当時のことが分かり始めているようです。恐ろしいことだと思います。

・・・そして、「原発マフィア」についての記述も興味深く読みました。

・・・暑い日になると某放送局が「L字テロップ」を流すのが苦手です。あの動く文字を見ていると乗り物酔いをしたような感覚になるためですが、それとともに「エアコンを適切に使って」と何度もアナウンサーが繰り返すのが気になります。私の学生時代は部屋に団扇と扇風機しかありませんでした。しかし熱中症で死んだ等というニュースはほとんど聞かなかったような気もします。これはひょっとすると国民全体に電気を使うように仕向けて原発を認めさせようという陰謀かも(?)

・・・記者クラブについての記述もありましたが、同感です。どのメディアも同じようなことしか書いていない新聞。最近、いろいろなサイトをみていて、本質を報道しているジャーナリストもいることを知りました。今後、注目したいサイトもたくさんあります。