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三國正樹の『読書記録』

今までに読んだ本の記録です。

クラシック音楽はなぜ<鑑賞>されるのか

著者:西島千尋     発行所:新曜社

読書年:2011年

印象に残った言葉:  音楽鑑賞教育は失敗であると言われ続けてきた。近年では、ブルデューの言う「文化資本」を持たない子どもたちに、クラシック音楽を押し付けたことが反省されるようになった。そのどちらも、子供たちがクラシック音楽を愛好しなかったということにもとづく反省である。だが、クラシック音楽を好きにならなかったということは、表面的な捉え方に過ぎない。ある程度の時間、身動きせず黙って音楽をきき続けるという行為を好きになれなかったと問うべきではないだろうか。

・・・クラシック音楽の演奏及び聴取方法には様々な約束事あるいはルールがあり、それが堅苦しくて嫌だという声はあるようです。実は私も、例えばショスタコーヴィチ交響曲第10番などを演奏会で聴くのはやや辛いものがあると思っておりますが(同じように長い曲でもブルックナーならたぶん大丈夫)、かと言って、短い曲なら良いというものでもありませんし、「クラシック音楽をもっとわかりやすく」という風潮、例えばしばしば行われる「お話と演奏」を演奏者が行う方法などについても懐疑的です。いずれにしても音楽は聴衆のためにあるべきなのであって、演奏家の自己満足のために存在するのではないことは確か。現代では多様になってきた鑑賞について、今後の芸術がどうなるのかとともに考えたいと思っています。