三國正樹 『読書記録』

今までに読んだ本の記録です。

クラシック音楽はなぜ<鑑賞>されるのか

著者:西島千尋      発行所:新曜社

読書年:2011年

印象に残った言葉:つまり、昭和初期のクラシック音楽受容の特徴には、「学問」として受容された側面と、「人格形成」の理想として受容された側面とがある。そしてこの両側面の基盤をなしているのが、教養主義であった。

・・・小・中学校の音楽の授業で行われる「鑑賞」が苦手でした。レコードを聴かされるのですが半数以上の人は寝ていたり、お喋りをしたりしている。そして感想を書かされる。その感想は先生の指導に沿ったものでなければならないというイメージが今でも残っているのですが、そんなことでいいのでしょうか。ベートーヴェン交響曲第5番を聴いた時に「苦悩を突き抜ければ歓喜に至る」というように感じなければならないのか、ということ。第1楽章を聴いて「なぜあのように同じリズムを繰り返すのかがわからない」などと書いたら先生に怒られそう。とは思いながら結構勝手なことを言ったり書いたりしていたのが私の少年時代だったように思います。ピアノを習っていながら音楽の成績がそれほど良くなかったこともあるのはその辺に原因があるのかもしれません。

・・・音楽の授業と言えば「創作(作曲法)」がほとんどなかったことも心外ではあります。小学校4年だったかで1回、中学校3年で1回習ったのですがそれだけ。あとはとにかく歌が多く、ときどきあった「器楽」はリコーダーでした。鍵盤ハーモニカは私のころはありません。偏っていませんかねぇ。

・・・「鑑賞」と「観賞」、「批評」はどう違うのか。さらに「鑑賞」は日本独特の考え方であって、それに相当する言葉は、英語にも他の言語にもないという指摘。明治以後に使われ始めたこの言葉の変遷をたどると、日本の「音楽科教育」はこれからどうあるべきかについて考えるきっかけになるという気がしています。